『フェミニスト現象学入門 経験から「普通」を問い直す』

CULTURE

 現象学というあまり聞きなれないワードから「なんだかお堅い本なのでは?」と身構えてしまう人もいるかも知れないが、本書はまさに今広く読まれてほしいと感じる書籍である。

 現象学とはフッサールによって創生され、ハイデガーやメルロ=ポンティによって展開された哲学的潮流である。彼らは素朴な経験について一人称での記述から出発する。普段深く考えずに通り過ぎてしまう経験について立ち止まって内省することで、世界との根源的な関わり方を明るみに出すことを目指したのだ。これは〈世界〉と〈私〉との関わり方を変える試みでもある。

 しかし、現象学で記述されるのはあくまで男性哲学者による男性的な経験であった。そこでこの方法論を女性の経験の記述に応用しようとするのがこの「フェミニスト現象学」である。

 私が本書を、そしてこの「フェミニスト現象学」的方法論をお勧めしたい理由はここにある。

 他の誰でもない〈私〉の経験を大切にすること、それを見つめ直すことでどんな社会的構造があるか知ろうとすること、そしてその上でそこからどれだけ自由になれるか考えること。それが必要なのではないかと思うからだ。

〈フェミニズム〉があって〈私〉があるのではない。

あくまで〈私〉があって〈フェミニズム〉があるのだ。

 2019年に起こった#KuToo運動は、俳優の石川優実さん自身の葬儀場でのアルバイト経験から始まった。

あなたの声がチカラになります
#KuToo 職場でのヒール・パンプスの強制をなくしたい!

「なんで足怪我しながら仕事しなきゃいけないんだろう。男の人はぺたんこぐつなのに」

という‘’愚痴‘’ツイートが共感を呼び、署名に発展し社会運動になった。今では大手航空会社などパンプス規定を見直す企業も増えてきている。

ある1人の個人的な経験から出発し、「辛いと思っていたのは私だけではなかった」と多くの人が社会的な問題に気づくきっかけとなったこの運動は、まさに現象学的アプローチによるフェミニズム運動であった。

(さらに#KuToo運動では掬いきれなかった声から、就活時における男女二言論的ならしさの押し付けに反対する#就活セクシズム運動も始まっている)

あなたの声がチカラになります
#就活セクシズム をやめて就職活動のスタイルに多様性を保証してください!

 またフランスの哲学者、作家であるシモーヌ・ド・ボーヴォワールの「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」という言葉が示すように、女性の在り方は社会的・経験的・文化的条件のもとで生成してくる。

 もう一つの重要な点がここにある。

 「女性」とは何か、という問いは、性差だけでなく、階級・人種・年齢・セクシュアリティ・病・障害といった差異からなる複雑で錯綜した網の目のもとで捉えられなければならない。

 と本書で語られているように、「女性」というものを身体的な性差のみで一括りにすることはできない。

 昨今「インターセクショナリティ」という観点が注目されているが、それは差別を均一化し、簡略化することの危険性を指摘している。つまり、女性同士であっても、同じ日本人でも、人それぞれ異なる背景や経験があり、差別の経験もまた違うのだという認識を前提に持つことを忘れてはならないのだ。

 昨今SNSでトランスジェンダーに対する排除的な言説が目立つが、これはまさにそういった意識の欠如の現れである。2000年代初頭に起きたジェンダーバックラッシュの二の舞にならない為にも、今この問題を軽視することはあってはならない。

 本書では妊娠や月経、セクシャリティや性別違和などがそれぞれの「生きた」経験として語られ、現象学的にそれらが何なのか問い直されていく。

これまで「普通」、「当たり前」として見過ごされてきたものについて改めて考える事で、自身の経験に新たな視点が生まれ、この社会が抱える様々な問題に気づけるはずだ。

〈私〉と〈世界(社会)〉との関わり方を変える試みとして、ぜひ本書を活用してほしい。

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